こんちくわ!Shygonです!
今回はNetflix製作「最初に父が殺された」を熱く、熱く、熱く語りたいと思います!
2017年にハリウッド女優アンジェリーナジョリー監督によって映画化されました。『最初に父が殺された 飢餓と虐殺の恐怖を超えて』を原作に原作者のレオン・ウンの実体験を基に製作されています。
監督としてジョリーとともに原作者であるレオン・ウンの名前もクレジットされています。そして、第90回アカデミー外国語賞のカンボジア代表として選出されました。
サクッとあらすじ
1970年代カンボジア。
中流家庭のウン一家で、父はアメリカに関わる政府役員をやっていて賑やかな家庭の大黒柱的存在であった。
5人の子供を育て、幸せの家庭を永遠に築けるだろうと思われていた、彼が政権を握るまでは。。。
史最悪の大虐殺を起こしたとされるポルポトが政権を握ると、国民はアメリカからの空爆を名目に都市部から避難を強いられる。
それがこの悲劇のはじまりであった。
カンボジアで行われていたこととは!?
この映画は実際に起こった事実をもとに作られています。
1970年代、日本が高度経済成長の波に乗る中、東南アジアでは日本からは考えられないことが起こっていたのです。
今回の舞台となるカンボジアでは人口の4分の1が虐殺されるという世紀の大虐殺
が行われていました。
ではなぜこんなにも悲惨な虐殺が4年にも及び行われていたのか、それを知るためにはカンボジアの歴史を知る必要があります。
第二次世界対戦最中(1940~1944)
ときは第二次世界対戦の真っ最中に話は戻ります。ナチスの筆頭によりフランス、イギリスをはじめそれまで東南アジアを植民地化していた国々は手を引きはじめました。
そこでドイツと同盟国であった日本は東南アジアの国々を彼らに変わって次々と支配していきます。カンボジアもその国々のひとつであったのです。
戦後、日本が降伏するとフランスが再び再植民化したのです。しかし、彼らの力は長くは続かず、ノロドムシハヌークが元々の君主制を採用し、新たな国を作ります。
シハヌークがカンボジア王国として、完全独立を宣言します。ここで、隣国ベトナムに目を向けましょう。ベトナムもカンボジア同様冷戦の被害を被り、国が真っ二つに分かれ北ベトナム、南ベトナムに分かれ内戦が行われていました。
カンボジア国内が冷戦の影響を受けていたのと同時にベトナムでも同じようなことが起こっていたということです。カンボジアはその後、アメリカとの国交を断絶し、徹底抗戦をするのですが、食糧不足など深刻な問題が絶えず不満が爆発します。
親米の一派がクーデターを起こし、新たな国「クメール共和国」を創設します。昔から人種柄からカンボジア人はベトナム人を毛嫌い、この政権ではベトナム人の大量虐殺を決行します。しかし、ここではシハヌークは終わりません。
亡命した後も仲間も集め共闘を策略していたのです。その中にあの、悲劇を起こした張本人ポルポト(Pol Pot)がいたのです。彼を含んだ集団をクメールルージュと呼び一気に政権を取るまで登り詰めます。
民主カンプチアとしてポルポト政権が始まります。そして、ここからカンボジアの歴史上最悪の悪夢が始まるのです。
「最初に父が殺された」を解読してみる!
カンボジアの歴史について少し触れましたが、ポルポト政権で行われた大虐殺の真実が本作ではリアルに描かれています。
そして、全編に渡ってほぼクメール語で描かれています。なので本当に臨場感のある恐怖すら感じるカンボジア大虐殺を肌で感じることができます。
同じ東南アジアとしては1965年に起こった隣国インドネシアの大虐殺については2012年にドキュメンタリー「アクトオブキリング」は記憶に新しいでしょう。
ですが、今回はドキュメンタリーでもなく、単にポルポト政権がどれだけ人道非道的だったのかを描いたものでもありません。
本作の魅力として真っ先に挙げられるのは子供目線でこの大虐殺が描かれているということです。なので、大人の事情を理解しない子供は違う切り口で現状を理解しようとします。
お父さん、お母さんはどんな手を使ってでも子供達に不安な思いをしないようにと細心の注意を払います。
なので、本編ではポルポトの姿なんて出てくることなく、知識人が虐殺される現場を直接みることもありません。
しかし、ある日最愛の父親は橋の修理という名目で呼び出されます。本人は勿論子供までもが会うのが最後になるということをみんな納得し、父親は死んでいくのです。
この父親はとても秀才で本作の中でもかなりの影響力を持っていると僕は分析します。
俳優として、あれほどいつ死んでもおかしくない現場を目の当たりにしながらも子供の前では元気な顔を見せようとするお父さん像は感激します。
その父親の滲み出る優しさの中に不安が含まれている感覚を子供達はしっかり受け取り、彼らなりに理解しようとするのです。子供というのは本当に感受性が敏感なんだといつも感心します。
ベトナム戦争の話はアメリカでもよく描かれますが、このカンボジアの大虐殺はあんまりきいたことがありません。
なので、ハリウッド女優の手自ら映画化するというのは相当意味があったことではないでしょうか。
そして、ジョリー監督が個人的にこの題材を選ぶ理由があるのではないかと筆者は推測します。
今現在は既に離婚してしまいましたが、アンジェリーナジョリーはブラットピットと結婚しておりおしどり夫婦として有名でした。
そして彼らは実子だけでなく、多くの発展途上国から自分たちの家族へ養子として招き入れていることもとても有名です。
その中でも第一子の養子になった子は実はカンボジア出身なのです。その彼も本作では製作としてクレジットされているのです。
映画を製作する際、監督としての能力を分析するときよく言われることがあります。子供の感情の変化をどれだけ映画で描くことができるかが監督としての手腕の見せ所であるそうです。
例えばスピルバーグ監督は特に子供を描くのが上手な監督のひとりであります。そういう観点からこの映画をみるとこれほど忠実にカンボジアの悲劇を描きつつも子供目線で全てを描き切ったジョリー監督は賞賛に値すると思います。
ポルポト政権の思想
映画を見ていると独裁政治が広がっているのは一目瞭然ですが、とても不思議なことがあると思います。
社会を動かしているのが、主に労働力として働いているのが小さな子供達であるということです。実はこれこそがポルポトが目指した社会構造だったのです。
ポルポトは毛沢東の思想を基にした、「原始共産主義社会」を理想に掲げていたのです。その名前の通り、技術や私有財産をなくし、みんなで共有する、原始時代の仕組みを意味します。
なので個人で所有できるものなどなく、全ては国に帰属します。
そして、ポルポトは先生、医者など知識人に反乱されることを恐れて、排除を始めます。これこそがカンボジアの大虐殺のはじまりなのです。
彼らは大人はもう汚れているため、まだ未発達の子供達に教育をし、大人は排除する、そのような社会構造が出来上がったのです。
なので、国自体が14歳までの少年兵で構成されているため、ベトナム軍に侵攻後、ポルポト政権はたった2週間で崩壊したのです。
そして、国が崩壊した後、彼らは大人を虐殺しすぎたため、いまでもカンボジア国内の人口のうち、半数が20代以下なのです。
カンボジアの大虐殺を見て思うこととは!?
やはりこの作品は見てて心がものすごく痛みます。題名の通り最初に父がどこかへ連れてかれ二度と帰ってこない人になると母親はどうにかして子供だけは助けようと奮闘します。大勢の子供たちに別々のところに散らばらせ命を守ろうとしたのです。
まだ10歳前後の小さな子供が生きるために母親の前から逃げないといけないのです。そんな心痛む体験がカンボジアでは普通に起こっていたということなのです。
結局母親も政府の人間に連れていかれ二度と帰ってはこなかったのですがこれが日本からさほど遠くない国で普通に行われていて、
しかもそれは遠い昔の話ではなくつい最近のことであるということです。もう簡単に言葉では表せない思いがこみ上げる気持ちです。
そして最後に映画の最後ジョリー監督はクメール語でこんな言葉を添えてこの映画に幕を下ろします。彼女は
"その悲劇を忘れない"
"人類の記憶に残すべき出来事だから"
あの史上最悪の出来事を身に浸みて体験したからこそ、いまでは人権活動家になった彼女はこの映画を通して訴えかけているのです。
そして僕らはそんな歴史を他人事とは思わず、知っとくべきなのではないでしょうか。それこそがこの映画を通して彼らが世界に訴えかけていることなのかもしれません。
びぇ!