こんちくわ!Shygonです!
今回はコケール・トリロジーの第2作目イラン映画
そして人生はつづく
について熱く語りたいと思います!
1992年製作の本作は、イラン出身の映画監督アッバス・キアロスタミの作品です。
キアロスタミ監督は桃色の味でパルム・ドールに輝いた世界的に有名な巨匠。
辛いことがあっても人生は続く。
1990年イラン地震の全ての被害者へ
1990年、イランで大地震が発生。死者及び行方不明者は40000人以上と史上最悪の地震がイランを襲いました。
日本みたく耐震工事がされた家が少なく、単に石やコンクリートで塗り固められた家が多く、そのほとんどが崩壊しました。被害者のほとんどは倒壊した家の下敷きになり、命を落としました。
世界中から支援物資が届けられるも、多くの人が命を落とし、忘れてはいけない出来事になったのです。
映画監督がコケールへ視察
本作を製作したイラン出身のアッバス・キアロスタミ監督は震源地の近くコケールで前作友達のうちはどこ?を地震前に製作していました。
キアロスタミ監督の意向から映画を製作するときは無名の一般人でさつえいすることを徹底していることもあり、前作で出演した市民たちがその後どうなったのか、地震後に監督自身がコケールに視察へ行きました。
本作「そして人生はつづく( زندگی و دیگر هیچ )」はそこでも出来事をドキュメンタリータッチで描いています。
主人公の頭がハゲ散らかした中年男性は映画監督。ひとりの息子とともにコケールの様子を伺いに行きます。
本編ではキアロスタミ監督ではなく、別のイラン出身の監督が演じていますが、キアロスタミ監督自身が見た光景をそのまま映画化したのです。
本編の中で主人公は前作の撮影場所や俳優たちを探す旅に出ます。私たち観客は地震によって崩壊した街を垣間見ることができます。
どれだけ悲惨なことがコケールではあったのか、どれだけの人が命を落としたのかを目の当たりにするのです。
イランと聞くと、日本からはあまり馴染みがなく、程遠い国に思われだちですが、本作を見るとまるで自分の身の近くで起こったかのような錯覚に陥るほど絶句する光景が広がります。
前作友達のうちはどこ?に出演していたクラスの友達やポシュテ(主人公アマハッドが訪れた隣町)で案内役をしてくれた老人に出くわします。
前作で見れたペルシャ文化を象徴するような美しい建物の姿など後語りもなく消え去り、ボロボロに崩された廃墟がたたずんでいたのです。
それでも必死に助け合い生きて行く様は勇気をもらい、自分たちをも鼓舞してくれたようが気がします。
小津は世界に生きる
イランを代表する巨匠アッバス・キアロスタミ監督は本作を含む「コケールトリロジー」3部作で世界的にその名が知られました。
前作友達のうちはどこ?、本作そして人生はつづく、次作オリーブの林をぬけての3部作。
キアロスタミ監督自身がインタビューにて小津安二郎監督の大ファンと公言しています。
それが彼の作品でも見受けられるように小津調と言われる小津安次郎監督の特徴が本作でも顕著に表現されています。
小津安二郎の作品はこちら
ハゲの映画監督と可愛い少年親子の珍道中
地震によって街全体が崩壊し、パニック状態になるコケール。
コケールに住む市民たちの安否を確認するため、すぐさまコケールに車を飛ばす主人公の親子ですが、その道のりはヒドイものでした。
ボロボロに崩れ落ちた家に、落石によって潰された車、そして家族を亡くし涙を浮かべるお婆ちゃん。
人にはそれぞれその人たちの人生があり、物語が存在します。そんな彼らの人生を一瞬にして消してしまう地震の脅威。
コケールに続く道は大渋滞している上に、道自体に亀裂が入り、なかなか前に進めない。
本作は前作の特典映像みたく、実際に撮影されたロケ地や出演者たちが続々と登場します。
主人公アハマッドくんを案内したお爺ちゃんやクラスの同級生など、まるでDVDに付いてくる付録映像みたいな感覚です。
みんな少しずつ成長し、老けている。ロケ地として撮影した印象的な街並みは跡形もなく、崩れ去り、自然だけが健在にその美しさをいまだに保っています。
本作は緻密に計算されたカメラワークや起承転結がきっちり存在する脚本がある映画ではなく、ドキュメンタリーとなんら変わらない地震後のコケールの現状を描いただけです。
そんな単なるドキュメンタリータッチの本作にはいたるところにアッバスキアロスタミ監督の手腕が垣間見れるのです。
コケールの現状と映画としての魅力
小学低学年ほどの小さな男の子プヤは映画監督の父親に言われるがままにコケールにやってくる。
長い車の移動に疲れ切っているプヤはコーラが欲しいだの、おしっこに行きたいだの、まわりの事態など御構いなしで好きなように発言し、動き回ります。
遂にコケールが近くなり、疲れ切ったプヤはトンネルの前で眠りにつく。トンネルに入り、暗くなる画面とともに流れるタイトルコール。
コケールをウロウロし、出演者たちの安否を取れたところで、前作の印象的な山道シーンをロングカットで映しながら、エンディングへと向かう。
本作の最大な特徴は、タイトルコールとエンディングが絶妙で、鳥肌が立つ。もうこれ以上完璧なはじまりと終わりがないんじゃないかと思うくらい完璧なタイミングでしっかりはじまり、終わる。
ドキュメンタリータッチの映画と聞くと、つまんないイメージだが、本作は全くそんなことがない。観客が飽きないような様々な仕掛けがされている。
ちょっとだんまりし出したときにうまく流れる音楽やちょっと興味深い人間のストーリー。ドキュメンタリータッチと豪語しながら、しっかり緻密に計算された脚本があるようであっという間に映画の幕が閉じた。
地震が起きて大変な自国を御構いなしで、ワールドカップの話題で尽きないイラン民や、地震で大勢の親戚が死んだのに、地震の次の日に籍を入れる若者など、映画として興味深いストーリーが四方八方に散らばっていた本作。
まさに大満足の一言。
びぇ!